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「戦場に輝くベガ」! 山梨県立科学館で  

 2011-08-16
今年の夏は、どこも、節電が実施されていて、甲府盆地の灯りが少しですが削減され、
星の見える夜が何時もより増えるかな? なんて思いましたが、このところ毎夜曇り日が
多く、一向に星の見えない夜が続いています。


こうした夏の一夜を私は、プラネタリウムで上映されている作品、「戦場に輝くベガ」
山梨県立科学館で見る機会を得ました。

この物語、原作は、山梨県立科学館の天文担当 高橋真理子氏と跡部浩一氏の脚本により
制作され、2006年にプラネタリウムで上映された作品は、その後、日本各地のプラネ
タリウムでも上映され、戦争の虚しさ、愚かさなどを思い興させる活動が輪になって広がって
いると云います。

なお、この「戦場に輝くベガ」と云う物語は、高橋、跡部両氏が綿密な聞き取り調査を行い、
創作した、プラネタリウム作品ですが、この作品をもとに、誰でもが手にし、読む事の出来る本として、四六判270頁の冊子が、この8月15日に発行、販売されたとの事です。


これが、その冊子の表紙です。  

    IMG_0919_convert_20110814211713 戦場に輝くベガ

さて、この物語は、太平洋戦争の最中、1942年当時の日本を舞台に、主人公の女学生、久子と
久子の家に下宿する信州出身の大学生、和夫が、七夕の織姫星「ベガ」を共に見上げて、想いを
深めて行き、次第に激しくなる戦争に翻弄され、出陣学徒として、海軍偵察員となって陸上爆撃機
「銀河」に搭乗、実戦の日々を送る和夫と、勤労動員で、航空兵が携行する「高度方位暦」の作成に
関わり、「ベガ」の文字に、和夫の役に立つと思いつつ働く久子が、戦地と疎開先で二人がそれぞれ
見上げる「ベガ」にまつわる終わりなき約束(寂しい時、苦しい時、嬉しい時も、「ベガ」を見よう)を守り続ける、と云う、星の物語です。


上映時間、40分ほどのプラネタリウム作品、高橋真理子氏の爽やかなナレーションを聞きながら、
プラネタリウムに映し出される満天の星空や物語の映像を、リクライニングシートで見上げた感動、
「七夕空襲」と云われる、7月6日夜の甲府空襲を5歳で体験した事を思い出すこの時期に、とても
良い時間を過ごす事が出来ました。


この作品、日本全国で上映され、日本人ばかりか、全ての人類や生物の歴史をずっと見守って来た
星々を見上げるに付け、戦争の虚しさ、愚かさを一人でも多くの人が、考える機会になれば、と
私個人としても願っています。


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コメント
kainohidesan へ おはようございます!

 昨日の終戦記念日に私も思いました。
 組織と組織(陸軍と海軍)、企業の利益優先、エゴの結果として被害を大きくした戦争
 それをコントロールすることの出来なかったリーダー
 その戦争責任はあまりにも大きすぎて・・・
 
 それは今の原子力発電にもダブります。
 私利私欲の利益追求だけが評価される企業の風潮・・リーダー不在

 再発を防ぐためにも、この体験は絶対に風化させてはならないものだと・・・
                     sn
【2011/08/16 08:53】 | sn #- | [edit]
1945年7月6日の夜の甲府空襲は、「七夕空襲」と云われて
います。 ロマンチックな七夕と、空襲、ミスマッチのようですが、
6日から7日にかけての空襲だったためです。
私も、焼夷弾の落ちる中、母と妹の3人で逃げ歩いたのです。
こんな経験、これからの子供たちには体験させたくは有りません。
でも、だんだん時が過ぎて行く中、語り継ぐ人も少なくなりますが、
snさんのおっしゃる通り、「風化させてはならない」と私も強く思います。
【2011/08/16 16:56】 | kainohidesan #- | [edit]
5歳での空襲体験はさぞ怖かったでしょうね…
私には想像もできないことですが
園児を見ているとあの3・11でもそうでしたが
しっかりと膝に乗った子供たちの不安そうな顔が
今でも忘れられません。
この子たちの笑顔を守らなければという思いを強く持ちました。
命はどんな命でも尊いもの。
戦争の生贄にしてはいけません。
戦争を知らない世代でも戦争を語り継ぐことはできます。
無言館の絵を見た時には胸が詰まりました。
戦争は決して問題の解決にはなりません。
それなのになぜなくならないのか…
哀しいことですね。
【2011/08/16 22:00】 | えぐ #- | [edit]
えぐさん こんにちは!
まだ、5歳だった私は、あまり怖かった記憶、無いんです。
何もわからず、母と妹と三人で夢中で逃げた記憶だけ覚えています。 ただ、翌朝家のあった所は、焼け野原、何もない中煙だけ
くすぶっていました。 その時、配給で家に有ったジャガイモが
焼き芋となって、口にした味は今でも忘れられません。
終戦となって良かったのですが、食べ物不足で両親は私と妹の為、
どんなに苦労したか、はかり知れません。
今、思えば命が助かっただけでも幸せだったのでしょうね。
戦争なんて、二度と起こしてはいけません。そう思います。
【2011/08/17 11:53】 | kainohidesan #- | [edit]












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